好きを仕事にする ってなんだろう

ブランドクリエイターを創った理由

巷では「好きなコトを仕事に」というフレーズを未だに見掛けるけど、

感じるのは、実際に趣味をビジネスとして確立させた人達は、それらとは順序と角度が違うのだと思う。

結果はそうかもしれないが、過程の実録がなくキャッチだけ走っている気がする。

そもそも人其々だから、私が吠えることではないのだけれど、なぜか19年前から定期的に吠えることになる。

その理由はこの投稿の結末に

遡ること

1999年東急本店「好きを仕事にした女たち展」に呼ばれ、いきなり観衆の前に! おば様方に囲まれ恐怖でしかなかった2週間(苦笑)

2007年頃、六本木で一番大きなビル「好きな仕事でキラキラしているナンチャラ(忘れた)」大きなイベントに呼ばれ講座もしましたが、

全然「好きな・・・」「楽しい」雰囲気じゃなかった! 帰り道、堪えきれず一人でカツ御前食べた記憶が鮮明です!

その夜、共演者のアナウンサーさんが練炭自殺してしまいました。

話が進み過ぎました。心地よい内容でなくてごめんなさい。

楽しくない過去の話を持ち出してまでお伝えしたかったのは、

真から「仕事を好きでいて貰いたい」「選択をして貰いたい」と願う人は、こういうタイトルで人を呼べない。

と、私は思ってきたのです。

企画や情報を批判しているのではなく、(タイトルは楽しく夢があるものがいいと思うので)

受け手がしっかりしなくちゃね!

大切な事を腑に落としてから受け取るなら、良質な情報に変わると思うのです。

「好き」とか「ビジネス」とか「自立」とか

外の情報(イコール自分の感情)に振り回されず確立して欲しい。

これを読んで下さる方々は迷える張本人ではなく、周囲にいらっしゃるのかもしれませんね。

迷える子達が慕ってくるお姉さんが辿り着いているかもしれませんね。

そしてオマエは何様目線だ!?と私が尋ねられたら、迷わず「セラピスト目線」です。

そこ(好きとかビジネスとか自立とか)さえ自分軸を真っ直ぐに立てて居られたら、

外がどんなに騒がしくなっても「自分大好き」でいられる。迷いがなく対処法に取り掛かることができる。

この仕事、辞めたいのに辞めてない自分・・・と、しょげなくてすむ。

本当はあんな風に輝きたいのに・・・といじけなくてすむ。

心や身体や環境に不調をきたし、自分で戻せなくなる。でも明日の会社があるから家族のお世話があるから・・・。

サロンセラピストをしていて沢山見てきました。

調子の悪い人、調子が悪い時、共通しているのは、

「自分を好きになれない」「褒められる自分じゃない」

真面目だし、良識のある、空気の読める、自分より人を優先するとても優しい人達なんですよね。

優しさとは別に、

「自分を好きになる」

「自分に自分を自慢したくなる」

「仕事が本質的に好きになる」

「仕事も人も自分も選べない全部大好き」

「誰かの役に立ちたい!が自然と溢れ出てくる」

「私自立できています!と堂々と言える」

こんな風に立って貰いたいですね。

「この仕事が自分を好きにさせてくれた!」

「これが私の才能なんだってわかった!!」

そんな声を聴くために新しい道を作りました。

新しく扉を開設しました。

 

①22年前、戦う(働く)誰かのサポートが出来る仕事(アロマセラピスト育成)を確立した時のように@新宿御苑

②12年前、生活を自分で作り替えて貰わなきゃ!!と(オーガニックライフデザイナー育成)をしたように@表参道

③東日本大震災後、目に見えない領域を大切に、あらゆるものを癒しながら生きる!をメソッドに!と

(エッセンシャルヒーリングとエッセンシャルフード)を創ったように、@白金台

この先は「ブランドクリエイター育成」なのです!!!

もちろん、上の①~③の3段を継続させる為にBIOVIE.japanの講座・教材・通信教育も南仏とやり取りしながら連日作成中です。

 

それだけではなく、社会的に自立したい! 自分の才能を社会に気持ち良く放出したい!という人は

「美しいレシピ」だけではないと思うのです。

①~③は、全て平成元年には日本人は殆どの人が文化すら知らなかった事です。

平成の最終年、

①日本でアロマテラピー業界は今大きな経済効果を生み成長し続けています。

セラピスト(自然療法)人口が増え、職業としても認知されました。
★海外から船便で取り寄せていたトリートメントテーブル(施術用ベッド)がお買い物アプリで買えるんですよ!!

②オーガニックが食の世界も去る事ながら、ライフスタイル全般にこんなに普及し認知されました。

次は、

ブランドクリエイター なのです。   2018.7.13日食新月

ブランドクリエイター育成開始

BrandCreatorおばた美穂の軌跡

会社の沿革